網走 桂ヶ岡公園 歴史③

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Hirokiです。反対側には親分らしき2名の石碑がありました。

野坂良吉翁碑 

野坂は現・市民会館(網走市南6条西1丁目)敷地内に住んでおり、
家には常に二十人ほどの居候がいたという。
野坂氏はその者達の仕事を斡旋したりケンカの仲裁などもしていたそうである。
町会議員、町農会、郡農会役員、網走外二郡水産組合長、網走養蚕組合組合長、
網走漁業組合長、網走消防組頭、村農会評議員、網走電気株式会社監査役、
帝国郷軍人後援会特別会員、大日本武徳会特別会員、北海道消防協会特別会員、
網走築港鉄道速成同盟会役員等の公職・名誉職を歴任した。

山田慎翁之碑

当時の網走は、戸数300程度とまだまだ小さな村落にすぎず、
産業も漁業が中心だった。
山田慎氏は、大曲に道内最大規模の設備をもつ軸木工場を、
1891(明治24)年に操業、これにより大曲に市街地が形成されていった。
山田氏は網走には住まなかったようだが、
1920(大正9)年、町有志により山田慎翁之碑を建立された。

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